第六回長池講義 高澤講義レジュメ
2010/3/13
高澤秀次

「東アジア共同体」構想の歴史的軌跡

(1)11・15シンガポールでオバマ米大統領、アジア政策演説
「太平洋国家」としてアジア外交に積極的にかかわる姿勢。初の「太平洋系大統領」強調
 東アジア首脳会議:ASEAN(東南アジア諸国連合)、日・中・韓、インド、豪州
 鳩山首相「東アジア共同体構想」を発表(09年10月タイ)
 ASEAN(2015年に「共同体」実現目指す)は、日中を軸にした地域統合論によって、「東アジア地域協力」の重心が「北」に移ることを警戒、米国との距離感にも温度差(「朝日新聞」10・26社説)……1955年アジア・アフリカ会議後のヘゲモニーの変遷
 欧州・南北アメリカでの地域統合の動きに、アジアはどう対応するのか
 宗教・民族・経済格差の超克:ASEAN反共連合からの脱皮と地域主義と安全保障

 ※サイード(『オリエンタリズム』)、フランク(『リ・オリエント』)以降のアジア論
 ジョバンニ・アリギ『長い20世紀』(94年)の予告「新しいヘゲモニーは東アジア」
 14C〜17C前半ジェノヴァ─16C半ば〜18C末オランダ─イギリス─アメリカ─東アジア

(2)2010年は日韓併合百年
 日本のアジア認識では「支那事変」(1937年)の翌年に近衛首相による「東亜新秩序」声明(第二次近衛声明)……「日本の戦争目的は東亜永遠の安定を確保し得る新秩序建設にある」
 同38年第一次声明:中国との平和交渉打ち切り「帝国政府は爾後国民政府を対手とせず」
 同年第三次声明:日中国交調整の基本方針として善隣友好・共同防共・経済提携の三原則
 この戦線の拡大と対中外交混迷の中で近衛のブレーン集団・国策研究機関「昭和研究会」1937年に誕生、蝋山政道ほか三木清・尾崎秀実らも近衛新体制運動にコミット

 ※尾崎秀実(1901〜1944)は朝日新聞記者から「昭和研究会」支那問題研究会の責任者・近衛内閣の嘱託、南満州鉄道調査部嘱託などを歴任。この間リヒャルト・ゾルゲを通じソ連・コミンテルンの諜報活動に関与したコミュニスト、ゾルゲ事件で死刑
 「東亜新秩序論の現在及び将来─東亜協同体論を中心に─」(39年)
 満州事変以来の「両民族の融和」の理想に反し「深刻なる血の闘争」激化、「支那側は民族戦線を強化し、ひたすら民族戦の継続と抗争力の増大をはからんとしつつある」
 「東亜における新秩序」の要請、「事変解決の根本的な指導原理として」
 東亜新秩序の内容:東亜協同体論と東亜連盟(宮崎正義『東亜連盟論』)
 東亜連盟論……「国防の共同」「経済の一体化」「政治の独立」を謳い、中国の民族自決、国家主権を認めながらもその「盟主」は「天皇」という対等関係の擬装

 cf.石原莞爾の「皇道主義」と「王道楽土」
 東亜協同体論(山埼靖純)……東亜において地域的、民族的、文化的に接近する日本・支那・満州国の間に「国家協同体」を実現、「日本の政治、経済、文化の綜合的革新を断行して、それを支那被占領地帯にも具体的に反映」。「支那もまた一つの民族たることを具体的に認識する必要」を説く尾崎。東亜における新秩序の創建は日本自体の更革が条件
 「『東亜協同体』の理念とその成立の客観的基礎」(39年)
 「民族問題との対比において「東亜協同体」論がいかに惨めに小さいか」の認識を欠いては、「運命協同体」の緊密さも「神秘主義的決定論」に終わる
 「東亜における生産力の増大が、半植民地的状態から自らを脱却せんと試みつつある民族の解放と福祉とにいかに多く貢献すべきかはとくに強調されてよい」
 マルクス主義的生産力史観の反映……コミンテルンの忠実な諜報員?
 何故「民族主義」だったのか? 1930年代の思想と社会主義的な東亜民族協同体構想
 「新体制と東亜問題」(40年)
 新体制の要請は日本の社会経済再編の問題と深いつながりを持ち、それは世界資本主義の根本的行詰まりとその飛躍的転換の必要の問題とも関連。「この複雑なる形態の戦争を、軍事力だけをもつてしては遂行して行き得ない」。「かかる政治体制の必要は、常に支那事変処理と関連せしめて要望されたことは充分の理由がある」
 「第二次近衛内閣は、その外交政策の中心理念として「東亜共栄圏」なる言葉をもつてした。第一次近衛内閣の美事なる標語「東亜新秩序」は、如何なる理由をもつて共栄圏に変へられたであらうか、その意味は必ずしも明瞭ではない。まづ東亜新秩序の創建は偉大なる歴史的事業であつて率直なところ未だ殆どその端緒すら出来上がつてゐないと思はれる。東亜新秩序の語が揚棄せられる理由は無い」……「超国家的体制」への移行を警戒

 ※戦時期三木清の「東亜新秩序の歴史哲学的考察」:30〜40年代の「大東亜共栄圏」
 世界史的危機に対応した社会主義・ファシズム・ニューディールという三つの運動
 「同一の問題状況に対する三つの異なる解答」(ポランニー『大転換』)cf.ハイエク
 「東亜協同体」論は、「昭和研究会」を中心に、満州事変以後の政局の正当化の論理に
 「西洋の没落」(西洋近代文明と資本主義)と「東亜の復興」
 cf.大川周明:「革命ヨーロッパ」と「復興アジア」
 『復興亜細亜の諸問題』(39年):「チベット問題」「革命行程のインド」「アフガニスタン及びアフガン問題」「復興途上のペルシア」「労農ロシアの中東政策」「青年トルコ党の五十年」「エジプトに於ける国民運動の勝利」「ヨーロッパ治下の回教民族」を論じる。

 ※同時期の西田幾太郎は『日本文化の問題』(40年)で、「今日の日本はもはや東洋の一孤島の日本ではない、閉じられた社会ではない。世界の日本である、世界に面して立つ日本である」とし、「日本形成の原理は即ち世界形成の原理とならなければならない」ことを強調、「今日我国文化の問題は、何千年来養ひ来つた縦の世界性の特色を維持しつゝ、之を横の世界性に拡大すること」であるして、「皇道の帝国主義化」を「覇道化」としながらも、「皇道の発揮」を「八紘一宇の真の意義」であると語る。

 三木清はその世界史的意義を「時間的には資本主義の問題解決、空間的には東亜の統一の実現」とし、「日本が世界史の発展の統一的な理念を掲げて立つことによってのみ今次の事変は真に世界史的意義を獲得することができる」(「東亜思想の根拠」、38年)と語る。「支那事変の当初から私は種々の機会にこの事変が偏狭な民族の超克の契機となるであろうということを繰り返し述べてきた。そのことは今や東亜協同体の思想の出現によって実証されるに至ったかのように見える。東亜協同体は云うまでもなく民族を超えた全体を意味している」(同)、「それは、一方において、現在なほ想像されるよりも多く残存してゐる封建的なものを清算して近代的になることであると同時に、他方において、近代主義を超えた新しい原理へ飛躍的に発展することである」(「全体と個人」39年)

 日中相互の社会変革を通じた「東亜」の創出(対中「文化工作」の理念とその挫折)
 歴史の理性を解釈ではなく行動の原理に、ロゴスとパトスの綜合による構想力の論理として展開(『構想力の論理』:第1章「神話」第2章「制度」第3章「技術」第4章「経験」)
 問題意識としてはハイデガーからフランクフルト学派まで
 「構想力」(Einbildungsklaft):「世界史の哲学」(=日本国民の哲学)の制作の論理に
 行為を制作(ポイエシス)と認識、行為の論理=構想力の論理(単に芸術的表現ではない)
 cf.ナチズムの神話的なイデオローグ:ローゼンベルク『二十世紀の神話』
 アドルノ/ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』
 「既に神話(ミュートス)が啓蒙である」「啓蒙は神話(ミュトロギー)に退化する」

(3)「近代の超克」と「アジア」……戦後思想における竹内好の問題提起
 京都学派:座談会『世界史的立場と日本』(1941年)、日中戦争と「東亜新秩序建設」
 開戦後の『文學界』の座談会「近代の超克」:日本浪漫派、京都学派、『文學界』各派
 このテーマは事件としては過ぎ去っているが、思想としては過ぎ去っていないと再喚起
 「近代の超克」の帰趨:「一方では東亜における指導権の要求、他方では欧米駆逐による世界制覇の目標」という二重構造の補完関係と相互矛盾について言及(「近代の超克」)。
 「東亜における指導権の理論的根拠は、先進国対後進国のヨーロッパ的原理によるほかないが、アジアの植民地解放運動はこれと原理的に対抗していて、日本の帝国主義だけを特殊例外あつかいしない」「一方、「アジアの盟主」を欧米に承認させるためにはアジア的原理によらなければならぬが、日本自身が対アジア政策ではアジア的原理を放棄しているために、連帯の基礎は現実になかった」。戦争を無限に拡大して解決を先に延ばすことにより、太平洋戦争はこの矛盾の糊塗のための「永久戦争」になる運命があった。

 「東洋が可能になるのは、ヨーロッパにおいてである」(「中国の近代と日本の近代」)
 「ヨーロッパの東洋への侵入は、一方的には起こりえない」「東洋における抵抗は、ヨーロッパがヨーロッパになる歴史の契機である。東洋の抵抗においてでなければヨーロッパは自己を実現しえない」「抵抗を通じて、東洋は自己を近代化した。抵抗の歴史は近代化の歴史であり、抵抗をへない近代化の道はなかった」(同)
 「東洋を包括したことで世界史は完成に近づいたが、そのことが同時に、それに含まれた異質なものを媒介として、世界史そのものの矛盾を表面に出した」(同)
 「アジア主義」について:1885年の福澤諭吉の「脱亜論」に対置する別の価値をもってしなければ「アジア主義」はテーゼとして確立しない(「日本のアジア主義」)
 「福澤が日清戦争の勝利を文明の勝利として随喜しているとき、したがって福澤が思想家としての役割をおわったとき、また日本国家が近代国家としてゆるぎなくなったとき、福澤の批判をテコにしてそれが生まれた。その一つは、西欧文明をより高い価値によって否定した岡倉天心であり、もう一つは、滅亡の共感によってマイナス価値としてのアジア主義を価値として文明に身をもって対決させた宮崎滔天や山田良政の場合である」(同)
 戦後、花田清輝は中国革命の成功を受け、「アジア・インターナショナル」を提唱、戦時期のイデオロギーの反転としての「東亜協同体論の復活」「大東亜共栄圏の革命的な再建」

 ※「近代の超克」と80年代のポスト・モダン
 ※廣松渉の問題提起(94年3・16「朝日新聞」)
 欧米中心の世界観は崩壊、北東アジアが歴史の主役に
 日中を軸に「東亜」の新体制、世界の新秩序をというマニフェスト
 「コロンブスから五百年間つづいたヨーロッパ中心の産業主義の時代がもはや終焉しつつある」……新しい世界観・価値観はアジアから生まれ、それが世界を席巻するとの予測
 「物的世界像」から「事的世界観」へ(物質的福祉中心主義からエコロジカルな価値観へ)
 脱アメリカ、日本経済はアジアに軸足をかけざるをえない
 「東亜共栄圏」の思想を、右翼から反体制左翼のスローガンにする時期と語る
 『〈近代の超克〉論』(80年):「近代の超克」論はそれなりの仕方で犹駛楴腟銑瓩猟狭遒鮖峺していた。これを無視してしまうと、「いわゆる日本ファシズムと「近代超克論」との思想的関係も逸することになる」

※参考文献
 三木清批評選集『東亜協同体の哲学─世界史的立場と近代東アジア』(書肆心水)
 西田幾太郎『日本文化の問題』(岩波書店) 大川周明『復興亜細亜の諸問題』(中公文庫)
 大川周明『復興亜細亜の諸問題』(中公文庫)
 竹内好編『現代日本思想体系9 アジア主義』(筑摩書房)
 竹内好評論集第三巻『日本とアジア』(筑摩書房)
 松本健一『竹内好「日本のアジア主義」精読』(岩波現代文庫)
 米谷匡史編『尾崎秀実時評集─日中戦争期の東アジア』(東洋文庫)
『尾崎秀実著作集 第二巻 現代支那批判・現代支那論』(勁草書房)
 米谷匡史「三木清の『世界史の哲学』」(『批評空間』II期19号)
 米谷匡史『思考のフロンティア アジア/日本』(岩波書店)
 米谷匡史「日中戦争期の天皇制─「東亜新秩序」論・新体制運動と天皇制─」(『岩波講座 近代日本の文化史7』)
 酒井三郎『昭和研究会─ある知識人集団の軌跡』(中公文庫)
 廣松渉『〈近代の超克論〉─昭和思想史への一視角─』(講談社学術文庫)
 加藤陽子×佐藤優×福田和也「尾崎秀実から再考する「東アジア共同体」という視線」(「en-taxi」第28号2009年12月)
 高澤秀次「東アジア共同体の幻影」(『東京新聞』2010年3月3日夕刊)