第五回長池講義 高澤講義レジュメ
2009/9/5
高澤秀次

廣西元信『資本論の誤譯』(1966年 青友社)についてのノート 

※60年代社会主義の理論モデル「構造改革論」と廣西理論との関係
※戦後マルクス主義の在野研究者の系譜……田中吉六・三浦つとむ・対馬斉・滝村隆一
※翻訳文化(「明治官許御用学」)と講壇マルクス主義研究の教条批判
※アソシエーション論としての先駆性

各章の構成と論旨

第1章:株式会社は共産社会まで存続
 資本主義のもとで株主だけが連合した社会的資本=外形的な社会資本(外形的な社会的所有)が、連合生産者(株主・経営者・労働者)の所有になることで、完全な社会的所有[共産主義]が実現される。 会社自体が「所有権者」、労働者は「占有権者」になる。
 古代の(共同体の)所有、占有関係のような状況へ逆に転化すること。株式会社なしには共産主義へ移行出来ない。 利潤分配制株式会社=社会主義的株式会社はその通過点
 その限りで共産主義社会に最も接近しているのは、ソ連ではなくアメリカ
 「マルクス主義」の名によって語られた「国有」(国家所有)という観念の全否定
 資本所有という機能が、会社自体の機能=完全な社会的機能に転化するための通過点
 『資本論』、マルクス文献の誤訳と誤読……社会主義を意味する associate(横の連合・提携)と資本主義を意味する Kombinat(上からの統合)の決定的差違を無視していずれも「結合」と翻訳

第2章:誤訳以前の問題
 the State:国家は一定の形態、組織をもつ機構,機関で対外的な意味をもった形態概念
 national:国民に共通のある性格。対内的の意味に使用され、時には国家に対する反対語でもある性格概念……所有関係とは無関係
 「国有工場」Nationalfabrikなどというものはマルクスの文献になく、正しくは「国民工場」訳すべき。 「マルクスは、将来社会を、巨大な株式会社制度、ある種の大会社のような制度と考えていた」……社会主義社会
 マルクスはレーニンが『国家と革命』で誤読したように、社会全体が、平等に労働し平等に賃金をうけとる「一事務所」「一工場」となるであろうなどと予言してはいない。
 an association になるだろうと述べているだけ。 「一つの」ではなく大、中、小、複数の株式会社の連合(アソシエーション)という意味。「一つの」は不定冠詞の初歩的な誤訳

 マルクスの「安あがり政府」論:「コンミューンは、二つの最大の支出源――常備軍と官吏制度――を破壊することによって、ブルジョア革命のあの合言葉、安あがりの政府(cheap goverment)を実現した」(『フランスの内乱』)
 プロレタリア革命とは段階的(歴史限定的)には、チープ・ガヴァメントを実現すること

第3章:誤訳の第一法則
 形態概念と性格概念の区別(独・仏・英・露・日の訳語の比較対照)
 direkt とunmittelbarという概念の違い:ディレクトの社会資本がウンミッテルバールの社会=会社資本になる。つまり株式連合による社会=会社資本ではなく、会社自体が所有権者になる。これがウンミッテルバールの社会資本。
 利潤分配制の中間点を通過して、会社自体が所有権者になる……社会的所有になる
 ディレクトの形態的な社会=会社的所有は資本主義
 ウンミッテルバールの社会=会社的所有は共産主義(発展の形態過程だけでなく、その形態変化を貫く内在的論理、性格過程を追究したのがマルクス)

 私的所有、所有と占有
 太古の共同体では、まだ占有しているだけで、所有権思想は未発達。所有ということが所有権として、政治権力から完全に解放された資本主義の「現在」を基点に過去を「逆算」。
 社会主義とは、太古の共同体の様式に逆算すること。しかもなお、単なる過去の再現回帰ではなく、「所有」ということが有名無実となるような方向を目標とするのが社会主義。
 所有権の観念から最終的に解放されるための生産力の増大はその手段にすぎない。
 「共産主義の形態としては、財貨が空気のように豊富で、共同所有ということも有名無実のような形態が類推される」

 量(形態)の集積と質(性格)の転化
 形態概念と性格概念との相違
 分散的な小企業から資本主義的な大企業になる過程は、長期的かつ困難な形態転化の過程。
 これに反して、資本主義的私的所有性という社会的性格を、社会主義的なそれへ転化するのは、性格的転化であるだけに、前者ほど困難な過程ではない

 資本制的な【私的所有private property】は、自分の労働を基礎とする【個々人的な individuell】私的所有の第一の否定である。
 だが資本制的生産は、一自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を生みだす。これは否定の否定である。この否定は、私的所有を再建するわけではないが、しかも、資本主義時代に達成されたもの――すなわち協業や、土地・および労働そのものによって生産された生産手段の【共同占有Gemeinbesitz=possession in common】――を基礎とする【個々人的indivisuell】所有を【再建するre-establish(『資本論』第1巻、第7篇資本の蓄積過程 第24章「いわゆる本源的蓄積」第7節「資本制的蓄積の歴史的傾向」)

 cf.平田清明『市民社会と社会主義』(岩波、69年)……「共同所有」の否定の否定としての「個体的所有」の再建。「労働者は、おのれの奪われた個体性を奪いかえし、おのれが始源において保有していた「個体的所有」を、そして後に私的所有のもとでおおいかくされた「個体的所有」を「再建」することを、当然の要求としていく」(P144)

 ※マルクス「ザスーリチへの手紙」(1881年、『マルクス・エンゲルス農業論集』)
 「個人の労働に根拠をもつ私的所有(individuell property)は、……他人の労働の搾取すなわち賃労働に根拠をもつ資本主義的私的所有(private property)によっておしのけられてしまう」(『資本論』)。西側諸国のこの運動においては、私的所有のひとつの形態の他の形態への転化が問題になっているのです。これに反して、ロシアの農民については、その共同所有を私的所有に転化しようというのでしょう。それゆえ『資本論』で与えられている分析は─村落共同体の生存力にたいして賛否いずれにしても─証拠をふくんではおりません。……(中略)……原史料からから史料を調達した特別の研究は、次のことを私に確信させるにいたりました。すなわち、こういう村落共同体はロシアの社会的再生産の支点であること、しかしそれがこのような意味において機能しうるためには、まず、あらゆる側面からそれに襲いかかる破壊的な影響を除去し、それにつぎに自然的な発展に正常な諸条件を確保してやること、これであります。(大内力訳)
 cf.ロシア革命とレーニン、トロツキーの「発展段階説」……資本主義的発展の未成熟とヴォリシェヴィズム(過激革命主義)、ソヴィエトの一党独裁のプロセス

 廣西:株式会社という完成形態・量の集積の基礎の上で、その内部性格が「共同占有」という性格変化さえすれば、それが社会主義(国営企業は共同所有の疎外形態)
 共産主義とは、所有権者が個々の株主ではなく、会社自体が所有権者になること
 株主だけの限定的共同なディレクトの形態から、株主・経営者・労働者、全部を含めての実質的なウンミッテルバールの共同所有性格のものになる

 性格は協同組合、形態は株式会社……株式会社を協同組合(「社会主義の生産様式の母型」としてのアソシエーション)的な性格に変革する。 株式企業を協同組合的生産様式に変革。 連合的労働者は彼ら自身の資本家。 資本制的株式会社は連合生産様式への過渡形態
 利潤分配制は株主でないものが、利潤を取得すること……私的所有性の廃棄

第4章:誤訳の第二法則
 具象概念としてのprice(価格)/抽象概念としての value(価値)
 形態と性格、所有と占有の区別、相関関係を軽視、混同するところから価格/価値の混乱
 独裁dictatorshipという意味
 レーニンの誤謬:ディクテーターシップを、せっかく本質概念として説明しながら、実際は革命的ディクテーターシップを形態的に理解し、それを歴史的時期全体に敷衍。
 資本主義から社会主義への移行期の政治形態として、不可避の民主共和制を結果的に隠蔽
 レーニンの弁証法には「相互浸透」が脱落。過程のなかで相互浸透し、浸透の度合の量の集積によって、質的転化するという考え方が脱落。今日まであったものが明日から無になる?

第5章:誤訳の第三法則
 異語を同一語に訳す性癖:コンビネート(資本主義を意味する用語)とアソシエートとを同じく「結合」とした誤訳。
 結合の三様式:統合・連合・会議体的/connectionとco-ordinateの混線
 国家の二面性:国家意志と国家の職能、純技術的側面と政治側面の矛盾対立。
 マルクスは国家の二面性が、協業が要求する純技術的な側面と、監督労働という政治支配的側面、この二重の面からの説明(『資本論』第3巻23章)
 レーニンはこの『資本論』中の国家に関する最重要な見解を無視(単純化)した。

第6章:『共産党宣言』について
 1848年のマニフェストはマルクスがまだ、協同組合的生産様式、利潤分配制的生産様式への構想に到達していない頃のもの。国有・国有化説とは別コースを歩んでいたマルクス
 国家所有というものは、ローマ共同体で発現しているもので、共同体の疎外形態
 アソシエーションの権利を認めるのが社会主義:法人格結成の自由、会社法人設立の自由、各個人が自由に団結、連合する権利の容認

第7章:株式会社の形成について
 社会資本とは株式会社資本のこと
 資本制的株式会社:資本家の統合(コンビネート)生産、株主たちの共同占有
 社会主義的株式会社:経営者と労働者の連合(アソシエーション)生産、経営者と労働者の【共同占有Gemeinbesitz】

第8章:諸家諸説の放鳴
 株式会社は、生産様式としては最も「自由にして、連合(アソシエート)的な企業」。
 この資本制的株式会社の内部で、経営者と労働者がアソシエートした場合、それはウンミッテルバールunmittelbar(内部直接的な)の社会的=会社的所有となる(マルクス説)
 利潤分配制生産様式:自家撞着、矛盾した言葉(利潤が労働者に分配されるのでは、利潤が利潤でなくなるから)
 革命とは、弁証法的には新しい矛盾を創設すること。コンビネートな生産様式を新しい矛盾、アソシエートの矛盾様式に転換すること。
 資本主義を揚棄するものとしての、即ち連合的生産方法に到達する過程で、積極的なものとしての協同組合と、消極的なものとしての資本制的株式会社、この両者の相互浸透形態が、利潤分配制的株式会社

第9章:エンゲルスは間違っている
 マルクスは今日の資本主義社会を、太古のアジア的共同体の姿へ一挙に、直接的に逆転化しようと考えたのではない。マルクスが共産主義の第一段階、つまり社会主義段階の青写真として画いたものは、生産手段所有の第二形態(ローマ的共同体)と、第三の形態(ゲルマン的共同体)との複合型。太古のアジア的形態では、個々人の所有はなく、共同体が所有者、個々人は占有者。 ゲルマン的形態では逆に、土地は基本的に個々の家族のもの。
 共同体地は、個々の家族の生活を補完するもの。 ローマ的共同体では共同体地(貴族が占有する国有地)と分割地(私的所有地、ローマ市民は私的所有地を所有)に分けられる。

 エンゲルスは、1881年のベルンシュタインへの手紙で、社会主義とは生産手段の共同占有であることを説明、「この簡潔な語法」に「驚嘆させられました」と述べているが、【共同占有Gemeinbesitz】ゲマインベェジッツを、マルクスが使用しているような意味では理解していなかった(『家族、私的所有および国家の起源』にこの用語でてこない)

 マルクスの意見:資本主義はすでに集団的所有形態を造出しているのだから、この基礎上で、形態はそのままに資本主義の私的性格を共同占有Gemeinbesitzという性格に転換する。
 生産様式の内部で、生産様式そのものを変革すること。
 交換・交易・輸送・移動を含む「交通」(Verkehr)概念から「交換様式」への具象的展開