第四回長池講義 柄谷講義要綱
2009/3/28
柄谷行人

第四回長池講義 要綱

 歴史と反復            

 昨年から、100年に一度の経済危機とか、1929年以来の大恐慌だというようなことが盛んにいわれるようになった。おまけに、「資本主義はもう終る」などという声まで聞こえてくる。しかし、そんな危機は古い話だといってきた経済学者やジャーナリストが突然そういい始めるのはおかしい。それまで自分らが言ってきたことの誤謬については一切述べず、まるでこれが誰も予期できなかった自然災害であるかのように。しかし、恐慌やその後に来る不況は、資本主義にとって不可避的なものである。倒産や解雇という乱暴なやり方でしか、資本制生産は自己調整する方法をもたないのだ。だが、だからといって、資本主義が自動的に終るわけではない。資本と国家は何としてでも存続しようとするからだ。

 また、恐慌―不況―恐慌という景気循環にも短期的なものと長期的なものがある。マルクスが『資本論』で考察したのは、約一〇年周期の短期的なもの(ジュグラー波)である。それとは別に、五、六〇年周期の景気循環(コンドラチェフの長期波動)がある。さらに、それよりも長いブローデルの「長期的サイクル」が指摘されている。それに対して、ジョヴァンニ・アリギは、こうした長期波動は、物価の長期的変動の観察にもとづくものだから、近代資本主義以前にもあてはまるものでしかない。それでは、資本の蓄積(自己増殖)のシステムに固有の現象をとらえることができない、と述べている(『長い20世紀』土佐弘之監訳)。

 だが、私の考えでは、長期波動は、世界資本主義における基軸商品が交替する大きな変化に付随するものとして説明できる。現在の恐慌、そして長引く不況は、そのような種類のものである。とはいえ、今回のそれは、一九三〇年代のそれとは違っている。それを見るためには、資本主義経済の反復性だけでなく、国家の反復性を考慮にいれなければならない。

 もちろん、大規模な信用恐慌や不況という点では類似性がある。そんなことは誰でもわかる。しかし、その中身はまるで違うのだ。たとえば、一九二九年の恐慌とその後の不況の時代には、アメリカが世界経済のヘゲモニーを確立する道をたどった。一方、現在は、アメリカの没落がはっきりしたが、それに代わるヘゲモニー国家が存在せず、競合しあうような状態に向かっている。その意味で、これはむしろ大英帝国がヘゲモニー国家として衰退し、ドイツ・アメリカ・ロシア・日本などが競合しはじめた時期、つまり、一八八〇年代に似ている。

 また、現在の不況は一八七三年の恐慌からはじまった慢性不況に似ている。この慢性不況は鉄鋼などの重工業生産が主要な産業となったために生じたといってよい。このことは、他方で、それまで軽工業(繊維工業)を中心にしてヘゲモニーを握った大英帝国の没落を招いた。巨大な資本投下を要する重工業は、国家資本主義的なやりかたでなければやっていけないからだ。しかし、重工業は設備投資の割合が大きいため、一般的利潤率の低下が生じる。また、労働者の雇用が繊維工業ほど多くないために、失業率が増大する。国内で過剰となった資本は海外に向かった。そして、列強が市場と資源を確保しようと争うようになった。それが「帝国主義」と呼ばれている。これが第一次大戦に帰結したのである。

 それに比べて、一九三〇年代の不況は深刻ではあったが、現在と違って、その先に展望があったといえる。というのは、自動車や電気製品など耐久消費財の大量生産・大量消費(フォーディズム)の時代がはじまろうとしていたからである。しかるに、現在、そのような展望はない。むしろその結果としての環境破壊に悩まされているのだから。現在の技術革新は情報技術にあるが、それは通信や運輸という領域における労働時間の短縮によって利潤率を高めようとするものである。しかし、それは設備投資が増大するわりに人手を減らす。その点で、重工業が中心となった時代と似てくる。つまり、利潤率が低下し、労働者の雇用が減り消費が減退する。ここでは、一九三〇年代には有効であった、ケインズ主義的な需要喚起策は機能しない。そもそも、新自由主義あるいはグローバリゼーションは、ケインズ主義的福祉国家ではやっていけなくなったからこそ、はじまったのである。

 さらにいうと、一九三〇年代の不況は、ニューディールによって克服されたとはいえない。ドイツや日本はいうまでもないが、アメリカでも実際には、軍事的ケインズ主義しか機能しなかった。日米戦争の開始によって、はじめてアメリカの景気は回復したのである。このような軍需による経済回復(失業問題の解決)が戦争に帰結するのは避けられない。もし現在が一九三〇年代に似ているというなら、そして、その教訓から学ぶというのなら、そのことを想起したほうがよい。つまり、ニューディールなどは一度もうまくいったためしがないということを。

 私が過去を参照するのは、たんなる類似性からではない。資本と国家がそれぞれもつ反復性を見出すからだ。国家と資本の世界史的段階と反復性を簡単にまとめると、図のようになる。ここで、「帝国主義的」と「自由主義的」ということについて、一言説明を加えておく。これらは通常の意味とは異なっている。先ず、自由主義的とは、ヘゲモニー国家がとる政策の傾向である。ヘゲモニー国家は生産・商業・金融の三つの面で優位に立つ。ウォーラーステインによると、そのようなヘゲモニー国家は、近代の世界経済の中で三つしかなかった。オランダ、イギリス、そして、アメリカ(合衆国)である。また、それらが三つの面すべてにおいて優位に立つ期間は短い。ただ、生産部門でヘゲモニーを失っても、商業や金融の部門では長く維持する。オランダやイギリスもそうであったし、一九九〇年以後のアメリカもそうであった。アメリカの衰退は一九七〇年代にはじまっていたが、金融の部門における優位は揺るがなかった。アメリカが絶頂期にあるかのように錯覚した人が多かったのはそのためであろう。たとえば、ネグリ&ハートは、アメリカが唯一の「世界帝国」となったと主張した。しかし、一九九〇年以後にいよいよ明瞭になったのは、アメリカのヘゲモニーが失われ、多数の帝国(広域国家)が乱立するということであった。

 つぎに、「帝国主義的」とは、ヘゲモニー国家が衰退したが、それにとって代わるものがなく、次期のヘゲモニー国家を目指して、熾烈な競争をする時代である。一九九〇年以後はそのような時代である。いわゆる「新自由主義」は、アメリカがヘゲモニー国家として「自由主義的」であった時代(冷戦時代)が終わって、「帝国主義的」となったときに出てきた経済政策である。「帝国主義」時代のイデオロギーは、弱肉強食の社会ダーウィニズムであったが、「新自由主義」も同様である。事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから。しかし、アメリカの没落に応じて、ヨーロッパ共同体をはじめ、中国・インドなど広域国家(帝国)が各地に形成されるにいたった。

 では、アメリカの没落とともにはじまる、この「帝国主義」のあとは、どうなるのか。つまり、どの国がヘゲモニー国家となるのか。ウォーラーステインと同様に、近代世界システムの変遷を、ヘゲモニー国家の交替という観点から見たアリギは、中国がそうだという。アリギの考えでは、ヘゲモニー国家は、ジェノヴァ、オランダ、イギリス、アメリカという順におこった。それぞれ、初期の段階では、「生産拡大」の傾向があり、末期には「金融拡大」の傾向が見られる。アリギはこれを、資本の蓄積システムのサイクルという観点から見る。初期には交易や生産に投資することによって蓄積しようとするために、生産拡大が生じ、末期には、金融だけで蓄積しようとするために、金融拡大が生じる、というのである。

 しかし、基軸商品の交替という観点から見ると、この次に、今までのようなヘゲモニー国家が生まれることはありそうもない。それよりも、資本主義経済そのものが終わってしまう可能性がある。中国やインドの農村人口の比率が日本並みになったら、資本主義は終る。もちろん、自動的に終るのではない。その前に、資本も国家も何としてでも存続しようとするだろう。つまり、世界戦争の危機がある。

 そのように見ると、一九九〇年以後の状況が一八七〇年以後の状況と似ていることがわかる。この類似は、東アジアの文脈で見ると、もっと切実である。たとえば、現在東アジアで進行している事態は、一九三〇年代との比較で考えられてきた。確かに、中国・台湾、韓国・北朝鮮、ロシア、そして日本の間の関係において、戦前の問題が今なお大きな影を与えていることは疑いがない。しかし、それだけを見ていると、現在がいかに戦前と異なるかを見落とすことになる。たとえば、ロシアはソ連ではなく、旧ロシア帝国のようになっている。また、中国は戦前のように帝国主義的侵略にさらされて分裂している状態ではなく、今や政治・経済的に巨大な存在となっている。だが、それは一二〇年前の中国を考えれば、驚くほどのことでもない。

 当時、清朝は世界帝国であった。その周辺国である日本が旧体制を倒して開国したのに対して、朝鮮の李朝は親日的な開国派を弾圧し、清朝を宗主国として鎖国を維持しようとした。それが日本と清朝の対立、すなわち、日清戦争に帰結したのである。日本は近代国家・産業資本主義の体制を確立し、帝国主義的に転換しつつあった。とはいえ、この時期、清朝は巨大であるだけでなく、近代化した軍備をもっていた。ゆえに、日清戦争に際して、日本は清朝を非常に恐れていたのである。日清戦争の後に清朝が日本に譲渡したのが台湾である。現在の東アジアを見ると、日本、中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアという構造になっているが、それは一二〇年前に形成されたものであり、しかも、それは一九三〇年代には無くなっていたのである。

 昨年来、私は、今後日本はどうすればよいかと、何度も聞かれた。私は「国家と資本」の立場からものを考えることはない。せいぜいいえるのは、日本が日清戦争の時期と同様に、アジアにつくか「脱亜」に向かうかという岐路に再び立つだろう、ということである。過去の日本が「脱亜」を選んで失敗したことはいうまでもない。だからといって、今度は「入亜」だ、というべきではない。私自身は、そのどちらでもあり、どちらでもないようなあり方を志向すべきだと考える。

  1750-1810 1810-1870 1870-1930 1930-1990 1990-
世界資本主義 後期重商主義 自由主義 帝国主義 後期資本主義 新自由主義
ヘゲモニー国家   英国   米国  
傾向 帝国主義的 自由主義的 帝国主義的 自由主義的 帝国主義的
資本 商人資本 産業資本 金融資本 国家独占資本 多国籍資本
世界商品 繊維産業 軽工業 重工業 耐久消費財 情報
国家 絶対主義王権 国民国家 帝国主義 福祉国家 地域主義
図:近代世界システムの歴史的段階