第三回長池講義 山下講義レジュメ
2008/11/1
山下範久

「ポランニー的不安とメタ普遍主義」

1. ポランニー的不安

・「大転換」の条件

「労働、土地、貨幣は産業の基本的な要因である。これらの要因もまた市場に組み込まれなければならない。…ところが、労働、土地、貨幣が本来商品でないことは明白である。…第一に、労働は、生活それ自体に伴う人間活動の別名であり、その性質上、販売のために生産されるものではなく、まったく別の理由かのために作りだされるものである。…つぎに土地は自然の別名でしかなく、人間によって生産されるものではない。最後に現実の貨幣は購買力を示す代用物にすぎない。原則としてそれは生産されるものではなく、金融または国家財政のメカニズムを通して出てくるものなのである。…労働、土地、貨幣はいずれも販売のために生産されるのではなく、これらを商品視するのはまったく擬制なのである。」(『経済の文明史』ちくま学芸文庫版pp.38-9)

→三つの大転換体制(ファシズム、コミュニズム、ニューディール)
 ※それは本当に「大転換」だったのか?

・「大転換がおこらないかもしれない」という不安

「[この労働、土地、貨幣を商品化する自己調整市場のシステムにおいては]人間は、悪徳、倒錯、犯罪、飢餓などの形で、激しい社会的混乱の犠牲となって死滅するであろう。自然は個々の要素に還元されて、近隣や景観はダメにされ、河川は汚染され、軍事的安全は脅かされ、食糧、原料を生み出す力は破壊されるだろう。最終的には、購買力の市場管理が企業を周期的に倒産させることになるだろう。というのは、企業にとって貨幣の払底と過剰が、原始社会にとっての洪水と旱魃と同じくらいの災難になるであろうからである。」(『経済の文明史』ちくま学芸文庫版p.40)

「文化的制度という保護の覆いを奪われれば、人間は社会に生身をさらす結果になり、滅びてしまうだろう。」(『経済の文明史』ちくま学芸文庫版p.40、強調山下)

→〈世界〉を定義する要素が、実は固定的な定義をもたないことを直視してしまうことから発する不安

⇒普遍性の複数性に直面する不安

2. 近世帝国の教訓

・近世=帝国の時代
 →ヨーロッパの例外ではない
  ∵帝国は〈世界〉を提示する理念によって定義されるから

・〈世界〉を提示する理念は、positiveな普遍性主張ではない
 →むしろpositiveな普遍性主張の複数性を管理する位置にある


3. ポジティヴな普遍主義とネガティヴな普遍主義

・ポランニー的不安の封じ込め→ポジティヴな普遍主義

 →単一の普遍主義の押し付けに陥る

 e.g. フクヤマ:「歴史の終わり」からコミュニタリアン的転回を経て「人間の終わり」へ

・ポランニー的不安の徹底化→ネガティヴな普遍主義

 →あらゆる形態の普遍主義の押し付けの拒否
 →論理的には可能だが…

 e.g. ジジェク:「リスク社会」から〈他者の他者〉理論を経てイデオロギー批判へ

4. メタ普遍主義

 ・ラスカサスの教訓

  (弧世般酥擇寮引きを行う絶対的な視点はない
   →普遍性は複数的
  同意のない規範に従う義務はない
   →超越性は無効
  K塾呂寮掬化には比較考量が必要である
   →暴力は理念によっては正当化されえない
  い△蕕罎訛減澆論在的に文明化の可能性をもつと推定されなければならない
   →他者を個別性に囲い込んではならない(相対主義の逃避の否定)

 ・われわれのポランニー的不安を特権化することの暴力

 ・ポランニー的不安が人類史的常態であることと普遍性の存在を肯定することとは矛盾
しない

 ・ホッブズ的自然状態(規範そのものがない状態)から単一の普遍的秩序を立ち上げる
という理路(「国内類推」)の拒否
  →規範の内容の明示的な定義については、潜在的につねに複数の主張が相争っている
が、その前提には規範の存在そのものに対する推定が働いている

 ・重要な区別は、普遍性の存在自体を肯定することと、特定の明示的な内容をもつ普遍
性を押し付けることとの区別

 ・自己と世界とを直接対峙させる短絡(世界の終わりに直面しているという特権的歴史
意識)からの切断

 ⇒〈帝国〉を歴史の清算の場にしないこと


以上

■ 本報告は、11月28日発売予定の拙著『現代帝国論:人類史の中のグローバリゼーション』(NHKブックス)で論じた内容をもとにしています。